むねた 裕之

宗田 ひろゆき
日本共産党川崎市議会議員(高津区)
趣味・エピソード

アフリカ放浪の旅(アフリカの病気)

2010年8月10日

20100810

新かながわ新聞に連載中のアフリカ旅行記、第2弾を紹介します。

友人たちにアフリカについてよく聞かれるのは「病気にかからなかった?」ということでした。確かにいろんな危険はありました。一つはナイル川の住血吸虫です。

映画監督の羽仁進さんの映画撮影隊がアフリカで感染して亡くなった方も出たと聞いていました。

しかし、私は、エジプトで早く水に慣れるために、ナイル川沿いに置かれた瓶に入っているナイルの水を毎日飲んでいたし、スーダンのカルツームでは暑さのために毎日、ナイル川で泳いでいました(その現場は数日前に人がワニに食われたところでした)。

エジプトやスーダンの砂漠や奥地に入るためには、現地の人と同じものを食べ、同じ水を飲まないと生きていけません。約1ヶ月で体は慣れたようです。

私が通ってルートにはザイール、中央アフリカ、ウガンダがあり、そおの地域ではエボラ出血熱やエイズが発症してた頃でした。そのことは日本に帰ってから知ったのですが、かなり危なかったようです。

エボラのほうは、エボラ川の流域近くの村でいつも川で水浴びをしていました。

エイズのほうは、エイズウイルスの元であるサバンナモンキーを私は、飼っていました。

スーダンの山奥(ダルフールとよばれる地域で今は世界最悪の状態)で、村の子どもたちが子猿を捕まえて遊んでいました。

そこに通りかかった私はその子猿を2ドルで買ったのです。

スーダンの最高峰の山を登るときのお供に子猿を一緒に連れて行きました。

しかし、まだ、母親のミルクしか飲めない子猿はかわいそうに私のジャケットの中にしがみついて死んでしまいました。

ケニアのナイロビでは、ナイロビで一番安く危険な地域の安宿に住んでいて、コールガールの女性たちも同じアパートに住んでいて、食事や洗濯など一緒にやっていたのです。

私が帰国した後カナダの医療調査団が調査した結果、ナイロビの市民のかなりがエイズ保菌者だという新聞記事を見てビックリしました。

タイと日本で健康チェックをしましたが、お腹に虫がいたことぐらいでほっとしたのを今でも覚えています。

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