むねた 裕之

宗田 ひろゆき
日本共産党川崎市議会議員
携帯日記

北海道胆振東部地震―私の生まれ故郷、厚真町の現状

2018年9月11日

北海道胆振東部地震が発生し、9月8日、9日、震源地である厚真町に入りました。厚真町は、私の生まれ故郷であり、友人や親せきがたくさん住んでいます。支援物資をトランクやリュックに詰め込み、安否確認と震災の被害状況を調べに入りました。

9日の時点で、死者は42人(厚真町35人)で、特に厚真町吉野地域は、19人の死者を出し、私の同級生も亡くなりました。建物の全壊は32棟(厚真19棟)で、余震は150回を超え、雨も降りだし、まだまだ被害は広がりそうな状況です。厚真町の避難所は、4か所あり約900人が避難していました。

厚真のライフラインですが、電気は8日午前で復旧しましたが、水道はいまだに全面断水。道路は、早来―厚真間、厚真―むかわ間の道路は通行止めとなり、迂回しなければなりませんでした。

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(写真 本郷の崖崩れ現場)

特に驚いたのは、山の土砂崩れの状況です。テレビで放映している地域だけでなく、必ずしも急傾斜地というところだけではなく、緩やかな傾斜のところの山の斜面も数十m、地表が崩れていました。

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(写真 本郷のリハビリセンターと裏山)

山の斜面付近にある住居には、人がまだ、避難せずに住んでいるところもありましたが、余震が起こることを考えると、危険と判断される地域の住民をさらに避難させる必要があると感じました。特にリハビリセンターは山の上にありますが、建物の3面が崩れている状況でした。

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(写真 崩れた納屋)

行くことが可能な友人の家を訪問しましたが、ある友人は、「タンスが崩れてきて間一髪だった」とか「家の中はぐちゃぐちゃで納屋などはつぶれた」「花の出荷をやめざるを得ない」などの声が出ていました。

ある友人の家では、両親が住んでいますが、家は傾き、土台も波を打っており、家の四隅にひびが入っていました。大きい余震がくれば危険な状態ですが、説得しようとしても両親は家を離れることを拒んでいました。震度7を経験した家は、どこも同じように危険な状況でしたが、それでも多くの人が避難せずに住み続けています。

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(写真 避難所∸厚真町総合福祉センター)

避難所に行き、支援物資(下着、タオル、軍手、携帯充電器、乾電池、水無シャンプー、うがい薬など)を届けてきましたが、特に足りないものは、下着類ということでした。偶然、私と同じ住宅に住んでいた方に会えて話を聞きましたが、「家の中がぐちゃぐちゃで、水もガスも来ていない」ということで朝日から避難していました。朝日地域は、山が迫っており、危険な地域でもあります。

役場の職員に話を聞きましたが、6日から家に帰れず、睡眠も3時間程度しか取れない状態でした。一番大変なのは、マスコミ対応と視察対応ということでした。厚真役場は職員が100人程度しかいないため、本当に支援が必要です。特にこれから家屋調査などが始まり、1軒1軒訪問する必要があり、そういう専門家も必要だと思いました。

最後に、復旧・復興に必要なこととして

① 水道、ガスの早急の復旧

② 山側や危険家屋からの避難

③ 住宅建設

④ 農業や住宅保障

*火山灰地層のある地域の全国的な調査

*電力供給のあり方(原発や1か所に集中する方式)

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