むねた 裕之

宗田 ひろゆき
日本共産党川崎市議会議員
放射能・原発問題 震災ボランティア・復興

第23陣震災ボランティアー浪江町の実態「100年は帰れない」

2014年5月15日

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写真は請戸港の近くの住宅地ー津波でほとんどの家が流され、船も置き去り

浪江町の実態ー津波の犠牲者182人、震災、原発の関連死は320人

現在の浪江町は、立ち入りを厳しく制限されており、日中しか入れません。
今回、私たちは、馬場町議の援助もあり、浪江町への立ち入り許可申請が無事通ってやっとはいることができました。浪江町の犠牲者は、182人で、その後の震災、原発関連死は320人に上っています。
避難状況は、人口21434人のうち、県内に14500人、県外に5000人が避難しています。家族はバラバラに暮らしており、福島県の調査では、48.9%の家族が分散して暮らしています。浪江町に戻れるあてはいっこうになく、公営の復興住宅もまだ、1戸もできていません。

放射線量・年間50ミリシーベルト超の区域は「100年くらい帰れない」(環境省答弁)

案内してくれた浪江町・馬場町議の奥さんは、帰宅困難区域(年間50ミリシーベルト超)に住んでいます。
奥さんから2012年に行われた環境省の住民説明会での話を聞きました。
参加者から「何年で帰られんの?」という質問が出て、環境省の方が「100年くらい」と答弁すると、会場から「うおーっ」という驚きとも叫びとも言えぬ声が町民から発せられました。
環境省がこともなげに答弁したことに怒りを感じた、それはもう本当に他人事という感じだった、と話してくれました。

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